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【トルナシのこと】


ここにきたばかりの2日間、USの看護婦さんと一緒に、
病室を手当てをしにまわっていたとき、1階の病室の一番日の当たらない、
昼間でも 薄暗い感じのする場所にベットが ある寝たきりの女の子がいました。

トルナシっていって22歳のがりがりの女の子でした。
トルナシは、2箇所だけ両足のかかと部分から膿と出血していました。
USの看護婦さんたちは、ぱぱっとガーゼと包帯をかえて、薬品をつけていました。
私はきたばかりで、ゆわれたものを渡したり物を持っているのがやっとできる程度でした。
あまりの手際のよさにほほぉーと関心していました。
でもこの患者さん、顔の皮膚もめくれあがっているな、と思ったのですが、
顔の手当ては今日はいいのかなって思っていました。
看護婦さんたちが違う施設にいってしまって、次の日、私ひとりでみんなの手当てをしに
回っていてトルナシのところへきたとき、汚物の悪臭がするのに気づいて、
毛布を「ちょっとごめんね。みせてね。」 ってめくってみると、汚物とともに、
両腕、両足の皮膚もぐちゅぐちゅになって肉がみえている部分があったりしてひどい状態でした。

着ていた病院服をぬがせて体をチェックしてみようと思って、
服を脱ぐのを手伝おうとするとすごく痛がります。
体は麻痺はしていないようですが、ほとんど自分で動かせる感じではありませんでした。
ゆっくりゆっくり服をぬがせて、真っ裸の状態でチェックしてみると
体中の30箇所以上の皮膚がめくりあがって、すべての箇所から血と膿がだらっとでていて、
あまりの箇所の多さにどうしていいかわかりませんでした。

ワーカーの子にきくと、知らなかったっていいます。
でも服は2日に1回は換えてあげていて肌をみているはずです。
ドクターを探して、みてもらいました。
自分からあまり話そうとしないトルナシは、診察の際、HIVのテストだけうけただけのようでした。
ドクターも、どうしてこんなになってしまっているのかわからない。原因不明だ。
とだけいって塗る薬品だけカルテにかいてくれました。

ガーゼに薬品をぬってつけて、包帯が必要な部分は包帯をして、
でも治療が必要な翌々日に、ガーゼをとめてあるテープをはがすと
一緒にきれいな部分の皮膚まではがれてしまいます。
きれいに皮膚がテープと一緒にくっついてきてしまって。。
私がまた傷を広げてしまって、すごくショックでした。
ごめんねごめんね。痛かったよね。って謝って
次の場所はゆっくりゆっくり神経を集中させてテープをはがしたのですが、
やっぱり皮膚までめくれてきてしまって。

ドクターに相談しにいくと、
あんなもろい壊れやすい肌はみたことない。
どうしていいかわたしにもわからない。
といわれてしまいました。

プラスターの中でも、粘着力の弱いものをストックの中から捜して、
ためしてみてもやっぱりだめで。
大きな病院にいったときに、別の先生に相談してみました。
ネット状になっているガーゼがいいんじゃないかとのことでためしてみました。
100%ではなかったのですが、やっと皮膚がめくれなくなって
一緒にそばで心配そうにみていてくれた隣の患者さんと喜んだのを覚えています。

トルナシの手当てがある日は、
30箇所以上ある傷口の手当、慎重にやるのですごく時間が必要でした。
ほとんど裸に近い形で手当てするので
その場を少しでも離れることが悪い気がして
私も汚い話ですが、ほぼちびり気味でときどき手当てしてました。

麻痺ではないけど、あまりに体中、痛んだ肌なので、
ご飯も自分では食べれず、お昼ごはん、夜ごはんは私が食べさせてあげるのが日課でした。

ある時、マルタ島出身の女性で、そのかたがエチオピアの子供たちのために
おうちを建ててあげる計画をしていて、日本大使館にドネーション(寄付)をお願いしたいから
今日の午後一緒にきてほしいといわれました。
その話をトルナシにお昼ごはんをスプーンであげながら、
英語のわかるワーカーの子に
「今日の午後ちょっと戻ってくるの遅くなっちゃうかも。」
って英語で話をしていました。
それをだまってきいていたトルナシが突然大粒の涙を出して、
えっと思って、「どうしたの?」
ってきくと、ワーカの子が聞いてくれて、

「チャラカ、日本に帰らないで。
チャラカが日本に帰ったら私死んじゃうよ。 お願い。」

ってゆってるよって教えてくれて。

すごくすごく嬉しく思いました。
私たちの会話の中にジャパンって言葉がでてきたので
かんぢがいしてしまったみたいでした。

「チャラカ、コンジョブズブズゴーバス、ジャパンコンジョ」
(さやか、ナイス、グット 日本、ナイス)
ってよくいってくれました。

時々、寝たきりの子には、現地の新聞や、本なんかがあればいいだろうなって
思ってはりきってもってきても、ほとんどの患者さんは教育を受けていないため、
文字を読むことが出来ず、トルナシもやっぱり読むことができませんでした。

体中、額から首からわきの下からすべてに、
ぐちゅぐちゅの傷口があって、包帯だらけで。 

あるとき、手腕に巻かれている包帯に赤いペンでうさぎかいてあげました。

そしたら笑顔を作ることは
顔にある傷口のせいでできないけど、
すごく嬉しそうな目をしてくれて。

目だけでも、人の感情って読み取れるんだってわかりました。
トマトが嫌いなトルナシに間違って
スプーンでトマトがはいってるワット(シチューみたいなの)食べさせちゃったときの、
ショックそうな目とか、しらみがひどかったため丸刈りにしたあとに私が
「かわいいね。似合うね。」 っていったときの恥ずかしそう な照れたような目とか。

ある時、手当てのあとにトルナシが、
今日は長袖で丈の長いガウンが着せて。っていいました。
いつも服が、傷口に擦れて痛いので、半そでのトップだけで、下半身は裸のままでした。
長いガウンは、着るときにも痛いし、どうしたのかなって思って、もう一度きくと
どうしても今日はそれがいいっていいます。
おかしいな。どうしたのかな。と思いながら、ゆっくりゆっくり慎重に着せてあげると
今まで、ベットで完全に横になった状態で排泄もごはんもしていたのに、
起き上がりたいっていいました。
お尻の肉がまったくなく、お尻だけに重心がかかるととても痛いと思うし、
あと傷口がお尻にもあったのではらはら不安だったのですが、
ベットの横にちょこんと座れて、あんまりにちょこんと座れた格好がかわいらしくて
ワーカーの子や他の患者さんと「やったね。トルナシー。」って
って喜んだら、トルナシ今度は立ち上がりたいっていいます。

えー、嬉しい。でもどうかな。大丈夫なのかな。
って思って、今までベットの上だけだったので
靴も支給されておらず、ワーカーの子がすかさず、
私の使ってっていってくれて、その場で脱いでくれて。

手で支えてあげる傷口のない皮膚をさがしましたが
どこをさわっても傷口があるため、
手を握ってあげて、そしたら立ち上がって、
そしてゆっくりゆっくりだったけど1歩1歩、歩いて
病室のすぐ隣にあるお手洗いにいって、
自分で用を足そうとしました。
便器の中にたくさんの前の人の汚物が山盛りになっていて、悲しそうな目をしてじっとみていて、私が水を汲んできて、流してあげるとゆっくりしゃがんで、
自分で用を足していて、なんだかお母さんになった気分で嬉しくてたまりませんでした。
それからまたゆっくりゆっくりたちあがって、 

「トルナシ 今日はお天気がいいから少しだけ太陽みてみないかな?」
ってきくと、ゆっくりうなずいて、
病室とは反対方向に一緒に

1歩1歩、歩いていって、少しだけテラスのようになっていて外がみえる場所にきました。
あーだからトルナシ今日は長い服がいいっていったんだな。ってやっとわかりました。

テラスには、たくさんの動ける患者さんが、
ひなたぼっこをしたり、おしゃべりしたりしていました。  
みんな一斉にトルナシをみて、すごくおどろいた顔をしていました。

トルナシも少し困ったような悲しい顔をしていました。

やっぱり一生懸命隠すためにきた
ロングガウンから出ちゃっている、傷口だらけの
足先の部分、手の甲、首の部分、皮膚がただれて半分しかあいてない両目。
 
他の患者さんは、話すのをピタッと止めてじっとみていました。

「少し座ろっか。」ってゆってベンチに腰を下ろして、
周りにいた患者さんに、
「トルナシってゆうの。よろしくね。」
ってゆうとみんなすぐにトルナシに話かけたりしてくれて。
みんなあったかいな。ってじーんとしました。

それからまた立ち上がって、太陽をみようと一緒に少し進んで、
眩しそうに太陽をみていた顔がすごく印象的できれいだなァって思いました。

トルナシにとってきっと何ヶ月ぶりにみる太陽なんだろうなって思いました。
いつも薄暗い病室の窓から離れたすみの場所にいたから。

これからもっとどんどん外に出る機会、増えるんだろうな。
日に日に元気になっていくトルナシをみるのが楽しみだな。

このときは、これが最後の太陽になっちゃうなんて考えもしませんでした。









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